昨年のDeFiマーケットの爆発的な盛り上がりは、ブロックチェーンシステム固有の可能性と問題点の双方を浮き彫りにしたが、その一つが MEV (miner/maximal extractable value) である。今年の1月から、MEVは少なくとも3億7000万ドルに到達しており、実際にはそれ以上であるとも言われている。
MEVはブロックチェーンで処理される前のトランザクションから利益を得る方法であり、それによりブロックチェーンの効率性と流動性を損なうものである。これを放置すれば、MEVはDeFiの進歩を潰しかねない。
MEVの台頭
DeFiの取引所で、トランザクションが実行される。それが完了する前に、買いたい資産の価格が上昇した。取引したい者にとって、その変化は明白だが原因は分からない。この価格変動は、その資産の自然な変動によるものなのか?それとも裁定取引ボットがマイナーのインセンティブを悪用し、トランザクションの順番に手を加えたからだろうか?最近は後者の事例がますます増えており、マイナーは利益を得ているものの、DeFiマーケットはその恩恵にあずかってはいない。
ブロックチェーンは、ガス手数料もしくはEthereum上のコントラクトを実行するための必要額を高める原因となる、二つの固有の性質を持っている。まず第一に、トランザクションはそれぞれ異なった経済価値を持っていること。二つ目は、mempools (memory pools)に入ったトランザクションに待ち時間ができ、それを監視したボットが特定トランザクションへのフロントランができること。そのために裁定取引ボットたちが引き起こす入札競争は、平均的ガス手数料を上昇させ、ネットワークの混雑を招き、トランザクションスピードと処理能力(1秒当たりの処理トランザクション数)を低下させている。
現状、MEV は DeFi に深刻なダメージを与えうる
リサーチャーは長らく、分散型取引所の性質に起因する意図しない産物として MEV を想定していたが、特に Ethereum では顕著に見られるようになっている。ETHを購入する個人がスマートコントラクトと通信する(例: トレーダーが DeFiデリバティブマーケットでアセットを売却する)と、そのトランザクションはマイナーにそのトランザクションを取り込んだブロックをチェーンに追加するよう要求する。マイナーは mempool 内にあるトランザクションからいくつか選び取り、チェーンに書き込む。Ethereumには透明性があり、多数のトランザクションが mempool で待機している時間を作り出しているため、誰もが Mempool を監視して特定トランザクションのフロントランを意図することができる。これは、どのトランザクションが最初にブロックに書き込まれべきか、そのための競争入札を促進する構図になっている。
裁定取引ボットは裁定取引者ではない
伝統的なマーケットでは、裁定取引者は異なるマーケット間の同じ資産の価格差を利用することで、市場間の取引から利益を得ることができる。マーケットは完璧ではないため、裁定取引はマーケットの効率性と流動性の向上にも貢献するのだ。裁定取引はこれらの効果に加え、新たなマーケットを創出することも可能であり、それこそが多くの国で認められている理由である。
MEVが存在するのは、DeFiマーケットに裁定取引の機会があるからである。しかしMEVにおける裁定取引ボットは、必ずしもマイナーをDeFiマーケットの裁定取引者にするとは限らない。
現在のところ、ボットは暗号通貨マーケットの外部であるオフチェーンの市況を利用したインセンティブを持っているため、オンチェーン活動に先立ったガス手数料の入札はDeFiマーケットを効果的に圧迫することになる。結果として、MEVはマイナーを取引の障害や検閲者に変え、ガス価格を高騰させ、ネットワークの遅延をもたらすことになってしまう。従来の裁定取引者が、それら全てを円滑にするのとは対照的である。
現状、MEVはDeFiに深刻なダメージを与えうる。DeFiマーケットの性質を考えれば、MEVを完全に排除することは不可能であるし、裁定ボットをコントロールする選択肢だけが与えられている。
とはいえ、伝統的マーケットにおける裁定取引者は、今後のMEVを管理する上で重要なヒントになるかもしれない。
求められる対策
2022年に予定されているイーサリアムのアップグレードでは、手数料の予測可能性を改善し、取引速度を高め、ネットワークのスケーラビリティを改善することを約束している。これらの変更はエネルギーを消費するマイニングの必要性を無くすものの、必ずしも高額な手数料を安くしたり、MEVの解消を実現するものではない。バリデーターがマイナーに代わりインセンティブを求めるため、MEVは Maximal extractable value として存続するだろう。
では、解決策は何か?
長期的なMEVの影響を軽減するため、プロトコルはさらに公平性を高めなければならない。公平性こそ、従来の金融よりもDeFiの世界で遥かに求められている性質である。この問題はそれだけで十分に大きいが、そこにDeFi特有の問題も加わってくる。裁定を狙う者は取引所への最速通信を試みるだけでなく、分散型プラットフォームの性質を活かし、取引所自体にアクセスしている。これを従来マーケットで例えると、裁定者が取引所のサーバー内にアクセス、操作するようなものである。したがって、中央集権的なマーケットも過去にフロントランニングに大きく苦しめられたが(大抵の場合は、利益の分配を得ることで問題解決されてきた)、DeFiでの問題は性質が異なるため、公平性を実現するための条件も異なる。
ビザンチン・セッティング
そもそも「公平性」という言葉はもちろん非常に広く曖昧なものであり、何をもって「公平」と評価するか、同じ状況でも人によって結論は異なるだろう。さらに複雑なことに、ブロックチェーンが運用されているビザンチン設定では、多くの望ましい特性(例えば、早いもの勝ちというわかりやすい概念等)を実現することが不可能であるか、少なくとも全ての状況下で実現することは不可能であることが分かる。
そこで我々は、異なる(技術的な)公平性の定義を同じチェーン上に共存させ、どのアプローチが最もニーズに合っているかをマーケットが選択し、状況が変わればその場で別のコンセプトに移行できるようなアプローチを提案する。ちょうど、国によって文化や能力に応じて公平な社会保障のコンセプトが異なる中、COVID-19が経済状況を一変させたとき、多くの国が一時的な適応を見せたように。
従来のマーケットにおいては、何が取引されるべきであり、誰がアクセスできるかを中央機関が決定する。DeFiは同じ運命を避けるため、手遅れになる前にMEVと向き合わなければならない
実際には、このアプローチには分散型 ”ガーディアン” プロトコルを採用する。このプロトコルは、受信したトランザクションに潜在的な公平性の問題が無いかを検証し、ポリシーに反するトランザクションを遅延させ、そのスケジューリングが有効であるという証拠をトランザクションに追加する。
このプロトコルは、ブロックチェーン自体に統合することも、独立したアドオンとして実行することも(CasperがEthereumにファイナリティを追加するためのアドオンであるように)、ブロックチェーンから独立して実行することも、個々のスマートコントラクトが使用できるサードパーティサービスとして実行することもできる。
また、「早いもの勝ち」(誠実なバリデーター全員に、最初に検知されたトランザクションがあった場合、そのトランザクションは最初にスケジュールされるべきである)原理を常に実現することは不可能であるものの、ほとんどの場合はそれを実現させ、不可能な場合は許容できるレベルの公正さを提供する、といった次善策もありうる。
この公平性アプローチは、専用のフェア・マイニングプールや、トランザクションの内容を処理の一部で暗号化する因果律の概念(commit and revealとも呼ばれる)など、他のアプローチと組み合わせることもできる。
マイナーやバリデーターはブロックチェーンを担う重要な存在であるため、このようなコンセプトを利用してもなお、彼らは依然として十分な価値を引き出すことができるだろう。目先の機会に飛び込み、エコシステム全体の利益を考慮しない無秩序なインセンティブを与えるのでなく、コミュニティが設定するポリシーに沿った価値の獲得を促進するべきだ。
DeFiの将来性を取り戻す
従来のマーケットにおいては、何が取引されるべきであり、誰がアクセスできるかを中央機関が決定する。DeFiは同じ運命を避けるため、手遅れになる前にMEVと向き合わなければならない。
確かに、Ethereum 2.0におけるコンセンサスメカニズム変更が迫っており、GPUマイニングは段階的に廃止されるだろう。それによりMEVがなくなるわけではないが、市場を相対的に公平に構成できれば、MEVの影響を制限し、マイナーやバリデータを検閲者ではなく裁定者として機能させることは可能だ。
歴史上、発見された(破壊的で)効率的な収益方法が、防御策に追いつかれた途端に一気に消え去ったケースはほとんど見られないのだ。
原文: DeFi Can’t Kill Value- Extracting Robots But Can Learn to Manage Them
MEV (Miner/Maximal Extractable Value) か・・なるほど。